音声学習法

講師：荒尾紀倫（関東学院大学非常勤講師）

音声学習法とは

１．まえがき  

私がシャドーイングという学習手法を知ったのは、２０年以上も前のことです。たまたま私の友人がこの手法を使って英語を学習しており、学習効果が大きいと言って紹介されたのが、帝人教育システムが開発した膨大な量のテープとテープレコーダからなる４０万円もする高価な教材でした。このテープレコーダは日立製作が開発したもので、反復練習する機能がついていました。早速、その使い方とその効果を確かめるために通訳をしているという方にシャドーイングをしてもらいました。その方は録音されている英字新聞の記事を見ないでただ音を聞きながらそれについて発音していきました。私はその新聞記事を見ながら間違いなくシャドーイングが行われているかを確認しましたが、早口で読まれるアナウンサーの声について正確にシャドーイングが行われていくのにびっくりしました。練習すれば、誰でもやれるようになり、通訳の養成はこのシャドーイングを基本に行われているということですが、この手法は通訳養成のみならず語学の習得にも極めて効果があるとのことでした。

友人も実際にやって見て効果があるというので、買って試してみました。この教材に基づいて１年ぐらいは勉強しましたが、日立のテープレコーダはリピート機能が機械的なもので、巻き戻しに時間がかかり、面倒でしたので、結局長続きせず、その時は、シャドーイングの効果を自ら確認することはできませんでした。

その後、日商岩井を退社し農水省の外郭団体で働き始めた１９９０年の初めにソニーのリピート機能つきのテープレコーダにめぐり会い、これならシャドーイングが可能ではないかと考え使い始めました。既に５５歳になっていましたが、何か新しいことで身に着くものをやって見ようと思い、英語のみならず、他の言語（フランス語、ドイツ語、中国語、ロシヤ語、スペイン語）の学習を開始し、すっかり病みつきになってしまい、その後この手法で１０年間勉強しました。それぞれの語学の学習時間は毎日わずか１５分間（トータルで７５分間）でしたが、それぞれの外国語で難しい書籍や小説も読めるようになりました。しかも大変楽しくて、勉強しないではおられないような気持ちになりますので、１０年間も続けられたのだと思います。

最初に書きましたようにこの手法は、もともと通訳養成のために開発された手法ですが、最近は、外国語学習の決め手として高く評価されています。このシャドーイングを基礎に語学を楽しく学習する手法として私のホームページに楽々学習法というタイトルをつけました。この学習法では、シャドーイングを基礎に読み、書き、聞き、話すという語学の総合力を身に着けることができると確信し、教材を作成しました。  

２．シャドーイングとは  

　シャドーイングという言葉はもともと英語で、Shadowing と書きます。その意味は、「聞こえてくる音声を遅れないようにできるだけ即座に声を出して繰り返しながらそっとついていくこと」（門田修平・玉井健著「決定版英語シャドーイング」です。

　このシャドーイングの定義を具体的に見てみましょう。先ず、ここをクリックしてもらいますと、音声が出てきますので、音声が始まったら直ぐ後に続いて発音してみてください。これは貿易英作文の一節で、ちょっと程度が高いので、ついて行けない方もおられるかもしれません。では、ここをクリックしてください。今度は簡単過ぎるかもしれません。しかし、いずれにせよ、自分の英語能力にあったテキストを使って、徐々に程度を上げて行けば、誰でも必ずシャドーイングができるようになります。

　最近、騒がれている学習方法に聞き読み（シンクロ・リーディング）というのがあります。これは、音声を聞きながらテキストを読む手法でこれも極めて効果のある学習法と考えています。実を言いますと、前に申し上げた６ケ国語の学習に際して、最初は、このシンクロ・リーディングで学習しました。ソニーのリピート機能のついたカセットテープレコーダは同じ文を何度も繰り返してくれますので、テキストを見ないで言えるようになるまで何度も繰り返し聞いて、最終的にはシャドーイングを行うのです。シンクロ・リーディングだけでも語学習得上の効果は大きいのですが、シンクロ・リーディングとシャドーイングを組み合わせるともっと効果が大きいと考えています。  

３．母語の習得と第二言語の習得

どの民族も自国語（母国語）を持っており、赤ん坊のときから母親の言葉を繰り返し聞きながらこの言葉を習得します。赤ん坊は、先ず母親から言葉を聞き、それを真似て発音することから言葉を習得し始め、話すことも少しづつ学び始めます。つまり、赤ん坊はシャドーイングを無意識のうちに行っているのです。母国語はこのように母親の話す言葉を聞きながら真似ることによって長い年月をかけて習得されます。文字などはもちろん読めませんので、母親のおしゃべりと仕草を頼りに言葉を学んでいきます。この際に聴覚、視覚、それに触覚をフル回転しているものと理解されます。

　幼児は、最初は母親から学び、次ぎに父親や周りの人たちとの会話を通じ母国語を習得し、母国語の語感や言語体系を身につけていきます。それから、幼稚園、小学校、中学、高校において母国語に関する知識を深めて行きます。

　それに対して、外国語（厳密に言えば、母国語以外の第二言語）は、前述のようにして母国語の語感や言語体系が出来上がった後に学ぶのが通常ですから、母国語と異なる語感や言語体系をもった外国語の場合はその理解が著しく困難になります。それは、母国語の語感や言語体系に邪魔されるために起こっていると言えます。

　従って、第二言語が母国語と似ている場合は、理解が容易になります。日本語を例にとれば、方言（京都弁または九州弁）を母国語（この場合は正確には母語という。）として学んだ人が標準語である日本語を学ぶのは、英語を学ぶのに比べればはるかに容易です。それは、日本の方言が標準語と同じ語感と言語体系を持っているからです。しかし、異なった語感と言語体系を持った言語を成人した後に赤ん坊と同じような要領で母語（母国語）として学ぶことは不可能です。

　しかし、他方、赤ん坊の言語習得過程が成人の外国語習得に大いに参考になることも否定できません。つまり、母語が聴覚を通じて習得されることは明らかですから、この聴覚を利用する言語習得法が人間の外国語を含む言語習得全般に適用されていることも明白のように考えられます。この点は最近の脳科学や言語心理学などの学問により徐々に解明されてきつつあります。聴覚利用による言語習得法として、シンクロ・リーディング、シャドーイング、リピーティングなどが強調されているのも当然の成り行きのように思われます。
 
４．シャドーイングと記憶

　音声を聞きながら口頭で繰り返す作業は、ただ単に音読したり、リスニングを行ったりするよりも記憶に及ぼす効果が大きいと思われます。シャドーイングでは、人間が母語の習得過程で訓練されてきた耳と口が最大限に活用されますので、長年培ってきた言語習得能力が十分に生かされるのだと思われます。私たちはものを覚えるとき、耳で聞いたこと（音声情報）を心の中で繰り返します。これを内語反復と言います。シャドーイングでは、新しい音声情報を内語反復するのではなく、口を使うことによって顕在化した形で反復しますので、記憶が一層強められるのです。しかもシャドーイングを行うとき、音声に集中しますので、聞く能力が訓練されます。

シャドーイングは、リスニング能力や会話能力だけではなく、リーディング能力も向上させることができると言われています。リーディングについては、正しい発音をしなくても外国の文献を自由自在に読めることは、私の経験でもわかります。ある時、前述の農水省外郭団体の農水出身の優秀な官僚が英語の文献を音読した時、びっくりしました。彼は、英語の文字のすべてをローマ字式に、例えば、I have many books. を「イ・ハベ・マニ・ボークス」と発音したのです。確かにこの読み方を一貫させれば、外国の高度な文献を読みこなす能力を養成することは可能と思われます。日本は、明治維新後、海外文献の導入によって急速な近代化に成功しましたが、これは外国語を文字言語としてのみ捉える日本の長い貴重な経験に基づいているものと考えられます。日本は奈良時代以降、中国から文物を移入した際、漢語を完全な日本語に変え、読み方も日本語式にしてしまいました。本を読むときも私たちは内語反復を行っていますので、漢語の発音を日本語化する必要があったのでしょう。この方式により中国の先進文明を取り入れ、また、明治維新以降は欧米の先進文明を取り入れて来ました。

したがって、文字言語のみに依存する外国文化の導入法を無視することはできませんが、現代の情報化社会では国際コミュニケーションが文字言語だけでなく音声言語でも重要な役割を果たすようになっていますので、日本の伝統的な方式だけでは済まされなくなっているのです。

外国語の文字言語だけに依存し、正しい発音を知らないまま間違った形で内語反復が行われますと、前述のように I have many books. が「イ・ハベ・マニ・ボークス」となり、英語とは似ても似つかない言葉を話していることになります。これでは、リスニングや会話を伴う音声言語によるコミュニケーションにはまったく役に立たなくなります。

中学、高校、大学で何年もかけて英語を学習しているのですから、どうせやるなら正しい発音で学習すべきです。発音に注意を集中する時間があれば、単語の１つでも覚えた方が受験勉強には効率的だという考え方もあるでしょうが、発音することにより外国語の学習が楽しくなり、継続できることは私の経験でも実証済みです。また、前述のような音声学習法が開発されおり、これによれば、読解のみならず、リスニングや会話にも役立つ外国語学習が可能になります。このコースでは、そのような視点から外国語を読む・書く・聞く・話すという総合的な能力を習得することを目的としており、その手法としてシャドーイングを学習の要の位置に据えているのです。

シャドーイングと記憶のメカニズム、また、リーディング、リスニング、スピーキングとの関係については、門田修平教授が「SHADOWING　決定版英語シャドーイング」において詳しく述べておられますので、ここでは繰り返しません。詳細について関心のある方は、前述の図書を是非お読みください。

４．シャドーイング学習法

　シャドーイングおよび関連の手法については、シャドーイングとディクテーションに詳しく述べていますので、そちらで先ず基礎的な手法を学習した後に実際に各コースに書かれている指示に従って学習してください。  
　

参考図書：

　このコースを作成するに当たって大変参考になった図書を紹介しますので、関心のある方は読んでください。

１．シャドーイング関連

１）門田修平・玉井健共著「SHADOWING　決定版英語シャドーイング」（コスモピア）
２）鳥飼久美子監修、玉井健・染谷泰正他著「はじめてのシャドーイング」（Gakken）
３）門田修平著「英語の書きことばと話しことばはいかに関係しているか」（くろしお出版）
４）国弘正雄・千田潤一著「英会話・ぜったい・音読」（講談社）
５）川島隆太・安達忠夫著「脳と音読」（講談社）

２．英語学習全般

１）斉藤兆史著「日本人のための英語」（講談社）
２）斉藤兆史著「日本人に一番合った英語学習法」（祥伝社）
３）野口悠紀雄著「超英語法」（講談社）